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多武峰ワンダーランド

bP念誦崛不動尊(ねずきふどうそん)

念誦崛というのは地名で、談山神社から徒歩20分くらいの所です。 不動尊は磨崖仏のように、2メートルほどの岩に、陽刻されています。

像の左に「延文三年戊戌正月 宣快」と陰刻されています。 延文三年は1358年で、紀年銘のある石仏としては大和ではふるいものです。 宣快は作者名と思われます。

近年、霊験あらたかということが口コミで知られ、特に大阪方面からのお参りが絶えません。 かつて多武峰が山岳信仰の霊地であったことを示す証拠でもあります。

各分岐点には道標があります。念誦崛不動尊へ下る道の入口には石標があります。 石標からは約200メートルです。


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bQ 聖徳太子御誕生水春井

聖徳太子が飛鳥の橘寺で御誕生されたことはよく知られています。 その際、産湯に使ったのがこの春井(はるのい)だと伝えられています。 画像の石碑は江戸幕末に建てられたもので、井戸は石碑の左後方にありました。

現在は原型をとどめていませんが、推定される場所からは今でも飲用可能な清水がこんこんと湧き出ています。 これを飲めばあなたも聖徳太子の徳を授かるかも・・・

「桜井市史」には春井に関する記述がありますが、訪れる人はほとんどないようで、取材当日も周辺は夏草が茂り、 人が足を踏み入れた様子はありませんでした。

現地はbPの念誦崛不動尊からもほど近い所にあります。

ヒントのマップ

「多武山二十六勝志」より


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3光を放つ弥勒石仏

談山神社西門跡の石垣に立つ高さ1.5m余の弥勒仏です。 日本最古の石仏といわれ、高麗国より請来し、飛鳥の法興寺に安置されていたものと伝えられています。

文永三年(1266)八月の刻銘があるので、これは当初の石像ではなく、のちの造作であることが分かります。 弥勒信仰は伝来されたときから、わが国の民俗宗教とうまく習合し、 庶民の暮らしの中にユートピア信仰として定着しました。

ちなみに、この石仏の近くに多武峰再興の恩人であり、 初代の検校・座主となった延安の墓があったとされ、 石仏は夜夜光を放ち、延安の墓を照らしました。墓も 照応するように石仏を照らしたといいます。

「多武山二十六勝志」より


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4むすびの磐座(いわくら)

1300年以上も昔、談山神社の前身である、 妙楽寺の講堂を建てるとき光る石が発見され、神の宿る磐座として祀られました。

その後、磐座信仰は途絶えていましたが、 平成15年にむすびの磐座として、東殿(恋神社)の脇へ復活いたしました。 縁結びはもとより、人間関係の結び神としてお参りください。


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5閼伽井屋(あかいや)

多武峰開山の定慧和尚(鎌足公長男)が法華経を講じた時に、善女龍王が出現し、 その場所から摩尼泉という泉が湧出しました。

泉は現在も汲むことができ、希望者にはおわけしています。

「多武山二十六勝志」より